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第4話 選択

last update Tanggal publikasi: 2026-06-15 18:03:41

 シャンデリアの光の下で、若き日の一条陽太は、滑稽なほど浮いていた。

 仕立ての悪いスーツ。借り物のような笑顔。名刺入れを握りしめる指先は、誰の目にも分かるほど強張っている。この華やかな会場にいる誰もが、彼を「場違いな田舎者」として、視界の端で処理していた。

 二十二歳の陽太。まだ、何者でもない。これから十年をかけて私を喰い尽くす牙も、初恋の女に狂って身を滅ぼす弱さも、その内側にすべて眠らせたまま、彼はただ、必死だった。

 前世の私は、その姿に、どうしようもなく惹かれたのだ。磨けば光る原石だと、本気で信じた。そして、光らせてやれるのは自分だけだと——思い上がっていた。

 今なら分かる。私が惹かれたのは、彼の才能なんかじゃなかった。誰かに必要とされたかった、ただそれだけだ。父に認められず、ただ"強い娘"であることだけを求められて育った私は、「君がいなければ」と乞われることに、麻薬のように溺れていたのだ。

 会場の中央、人垣の奥に、一人の老紳士がいた。武藤征一郎(むとうせいいちろう)。一代で巨大コングロマリット(※異なる業界や業種の複数の企業を一つの大きな企業グループとして統括する形態のこと)を築き上げた、財界の生ける伝説。この日のパーティーの、実質的な主役だった。

 陽太が、意を決したように武藤へ歩み寄っていくのが見えた。

 ああ、これも前世と同じだ。彼は、武藤に取り入ろうとして、的外れな世辞と、背伸びした事業論を並べ立て——そして、けんもほろろに追い払われる。

「君のような若い人の熱意は買うがね。中身が、まるで伴っていない」

 彼の冷ややかな一言が、離れた私の耳にまで届いた。周囲のくすくすという忍び笑い。陽太の顔が、屈辱で赤く染まっていく。

 会場の空気そのものが、彼を弾き出していくのが見えた。誰もが沈みかけた船から目を逸らすように、陽太からそっと距離を取っていく。前世の私だけが、その船に自ら飛び乗った。

 前世では、ここで私が動いた。

 恥をかいた陽太にそっと近づき、武藤の関心を引く一言を耳打ちし、彼を立て直してやったのだ。あのとき囁いた言葉を、私は今でも覚えている。「会長は、世辞より反論を好まれる。臆さず、会長の事業の弱点を一つだけ指摘なさい」、と。震えながらもそれを実行した陽太に、武藤は破顔した。『面白い若者だ』、と。

 ——その『面白い若者』の中身は、最初から私だったのに。

 私の入れ知恵で見事に挽回した陽太は、武藤に名前を覚えられた。それが、一条グループ飛躍の第一歩になった。私はそんな彼の隣で、誇らしく思っていた。自分の手柄を、すべて彼に明け渡しながら。

 屈辱に顔を歪めた陽太の視線が、救いを求めて会場をさまよい——そして、私を、捉えた。

 来る。分かっていた。前世と寸分違わず。ほんとうに同じ道を歩んでいるんだわ――

「あの、突然すみません」

 彼は人好きのする笑みを必死に貼りつけて、私の前に立った。「あなた、さっきから会場の方々と親しげに話されていましたよね。もしかして、武藤会長とも、お知り合いだったりしますか? もしよければ、少しだけ力を貸していただけないかと……」

 私の答えは決まっていた。

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